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ひとりの野球バカとして佐々木朗希投手の件について書きました

佐々木投手はケガしていた?!

大船渡高校の佐々木投手について、多くのメディア、インターネットが取り上げましたが

私も、私の考えを書いていきたいと思います。

医療的な話ではなく野球バカの私が書きました。

そういう意見もあるのね、と読んで頂けると嬉しいです。←重要


まず、ざっくりとした佐々木投手について

2001年11月3日生まれ、出身は陸前高田市で9歳の時に被災し、お父様を亡くされています。

小学3年生で野球を始め、中学生の時には軟式野球部に所属し、141km/hを計測したそうです。

大阪桐蔭高校からのオファーもあったそうですが、中学の仲間と甲子園!と言う思いから、強豪校のオファーを断り、地元の大船渡高校に進学しています。

この中学からは、佐々木投手を含め6人が大船渡高校に進学しています。

高校2年時に、160km/hを計測し、高校3年時の侍JAPAN U-18代表候補合宿で163km/hを計測し、一躍全国から注目される選手になりました。


花巻東高校に進学した、中野投手は1回戦の鳴門高校戦で4番手として甲子園のマウンドに上がりました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190810-00010001-wordleafs-base


大船渡高校の國保監督についても書いておきます。

盛岡第一高校から筑波大学体育専門学群卒業後、社会人クラブチームを経て、アメリカへ渡り、2010年にはアメリカ独立リーグの球団に所属していたそうです。

筑波大学で専門的な勉強をして、海を越えてベースボールを学ばれた監督さんです。


さて、今度は佐々木選手の2019年夏の大会についてです。

大船渡高校は、2回戦からの登場でした。


7月16日、遠野緑峰戦。

先発、2回を投げてパーフェクト。19球。

この試合、スポブルの配信で見ましたが、かるーくスイスイと投げていた印象で、この時は「こんなもん?」と思うような投球でした。この日は140km/h前半の抑えを効かせた内容でした。


1日空いて


7月18日、一戸高校戦。

先発、6回を投げて93球。無安打13三振。1与四死球。

この日もスポブルで見ましたが、2回戦とはまるっきり別人で、本人の言葉を借りると「ギアを1段階上げた」。まさにその通りの投球内容で圧巻でした。

画面越しに見ていた私は、「なんだこれ!全開で投げたらどんな投球をするんだ!」と思いました。


2日空いて


7月21日、盛岡四高戦。

先発。12回を投げて、194球。21奪三振。

6回に2点先制した大船渡高校でしたが、9回に追いつかれて、12回佐々木投手が決勝ホームランを放ち勝ちました。

決勝云々より、この試合が疑問の多い試合でした。


続いて次の日


7月22日、準々決勝、久慈高校戦。登板なし

この試合は、佐々木投手は登板せず、試合には出場せず、ベンチから声援を送りました。


1日空いて


7月24日、準決勝、一関工業戦。

先発、9回を投げて129球。最速は157km/hでした。

この日が大船渡高校の佐々木投手としては最後の登板となりました。

気になるのは、この試合後、決勝戦に向けて「勝ちに繋がるピッチングがしたい」とインタビューに答えています。


次の日


7月25日、決勝、花巻東高校戦。登板なし。出場なし。


16日に大会が始まり、9日間で4度先発し、4試合合計435球を投げました。

神奈川や愛知、私の地元埼玉のように優勝まで8試合あるような県ではないです。


甲子園では、斎藤佑樹投手948球吉田輝星投手878球松坂大輔投手767球を投げています。


さてさて、今回の佐々木朗希投手の件についての私の意見です。


医療資格を持つものとして!見たいのはダサすぎるので

高校野球ファン、野球人としての意見です。


ただただ残念でした。


投球数、将来性などについては他所で散々言われてますし、正直どうだかわからないので

そこではなく、野球バカの私は監督の起用法について非常に残念だと思いました。


高校野球は日本における一大エンターテインメントだと思います。

その中でも高校球児における、夏の大甲子園は一生に3度しかないビッグイベントであり、夢舞台です。


その夢舞台に、

被災地から甲子園!陸前高田、大船渡の仲間と夢舞台へ!


もうこれだけで泣けますね。

震災関係だと

昨年100回記念大会には、被災地ボランティアで出会った浦和学院のお兄さん達のようにURAGAKUで甲子園!と石巻から浦和学院の選手として、阿部選手が甲子園の土を踏みました。

https://www.nikkansports.com/baseball/highschool/news/201808120000703.html


ここから先は

國保監督の采配についてのネガティブな意見になります。

読みたくない方は、このタブは閉じてください。

読む場合にも、個人の意見ですので悪しからず。


この大会をどう戦い、佐々木投手をどのように育てようとしたのか、というところが気になります。

将来間違いなく、日本の宝としてSASAKIになる18歳を預かる監督のプレッシャーも半端じゃなかったことも想像するのは簡単です。

優勝を目指す、甲子園を目指すのであれば、決勝花巻東戦にだけ佐々木投手を集中させ

大船渡高校を甲子園に導く采配が必要だったと思います。

極論は、決勝だけ投げさせる。が良かったとも思います。

監督の仕事は、勝利に導くことだと思いますので、批判は当然だと思います。


私個人として

野球が大好きで、高校野球が大好きで、甲子園を毎年毎年楽しみにしています。


私が高校3年生の2007年は、がばい旋風の年でした。

甲子園の舞台で活躍し、1試合1試合選手たちが急成長する姿を見て、甲子園は夢舞台なのだと思ったことを覚えています。

佐賀北高校は、宿舎に参考書を持ち込んで、試合後に勉強する時間をとっていたとも聞きます。


2013年。春のセンバツ甲子園では浦和学院が優勝しました。

私の時代の浦和学院は、甲子園には出場するけども、なかなか甲子園で勝てない高校だったように思います。

こどものころからURAGAKUに憧れ、テレビで見られる試合、甲子園は全試合見ていますので

母校の校歌は歌詞のわからないところがありますが、浦和学院の校歌なら歌えます。

2013年の優勝は嬉しかったです。


それから、埼玉は「夏の徳栄」の時代に突入しました。

2016年、広島カープに入団した高橋投手を擁して臨んだ大会でした。

戦力としては十分だった花咲徳栄高校でしたが、3回戦で優勝した今井達也投手の作新学園に敗れました。

この大会では、エースだった高橋投手に頼ることが多かった印象でした。


2017年

作新学院戦に出場した、千丸選手、西川選手、綱脇投手、清水投手が中心となり

甲子園の優勝旗を初めて埼玉の地へもたらしました。


この2017年の花咲徳栄高校は、甲子園で優勝するために7月から始まる約50日に臨んでいたように見えました。

安定感のある綱脇投手が先発し試合を作り自慢の攻撃陣が得点し、先手先手で試合を運び、清水投手が締める

お見事でした。


今回の大船渡高校です。

監督に優勝経験がなかったのが、影響していると思います。

(優勝を見据えての采配ができなかったこと。)

私の高校もそうでしたが、目の前の1戦に必死になり、大会をどう勝ち進むか、なんて考えないのが強豪校との違いなわけです

それが1番出てしまったのが、194球を投げた21日の試合。

大会を通してなのですが、佐々木投手は先発投手としてしか試合に出ていません

強力な2枚目、3枚目がいるいないに限らず、佐々木投手が先発を外れ、途中から登板するような起用が出来ていれば大会後の学校への問い合わせも半分に減ったと思います。

監督が夢中になりすぎた結果替え時がわからなくなり完投させてしまい、世間の声や表には出てこない圧力を気にして、翌日は出場させていない。

そしてまた次の試合も、判断できず完投し、決勝は出場なし。

なんとも迷いのある迷采配だったと私は見ました。


監督のいう、1番怪我のリスクが高い試合だから登板させなかったは「?」です。

194球投げて1日空けて129球投げた3日間の方がリスクは高かったと思いますし、

そうではなく


また試合展開によって200球投げさせる自分が怖かった。が心の中にある真意なのではないでしょうか。


投手としての佐々木朗希としてでなく

打つ方でも、大船渡高校を引っ張ってきた佐々木選手

野手としても出場しなかったことについても「?」です。

全く打力のない、野手として試合に出ると戦力ダウンするような選手ではなく

野手としても試合に出ないと、大船渡高校の大幅戦力ダウンなわけで

その選手を起用しなかったのは「?」です。


佐々木投手があまりにも気になり、勝利に導く采配ではなく、今回のようになってしまったのは残念極まりないです。


投手として、出られなくても野手として、、、が野球ファンの私の意見です。


怪我を心配しての起用のようですが

野手としても出場がなかったことを考えると


怪我があるのだと思いますし、それ以外に出場しない理由はありません。

怪我以外に佐々木選手が、出ない理由は、意地悪くらいですかね。


靭帯の損傷なのか、骨組織の損傷なのかわかりませんが

怪我の治療に専念してもらいたいです。


甲子園大会後のU18にも行くべきではないと思いますし


その際には


実は、こんな怪我をしています。と言ってしまえばみんな納得すると思います。


結論

投手として投げなかったのは監督の酷使によるもの

野手として出なかったのは怪我があるため

U18にも行くべきではない


遠くない将来

SASAKIが世界のOHTANIと真剣勝負することをみんなが期待していると思います。